おはようございます。69歳の直ちゃんです。
今朝、ベランダに出て、思わず「おっ!」と声が出ました。
富士山が、くっきり見えている。
この時期の朝は、もやっとかすんでいることが多くて、
富士山はなかなか顔を出してくれません。
それが今日は、輪郭までシャキッとしているんです。

わが家は松戸の4階。
左のはしっこにスカイツリー、右のはしっこに富士山。
17年住んでいますが、この「両はしセット」が見える朝は、ちょっとした当たりくじです。
そして、ふと上を見たら、もうひとつのおまけ。

月です。
満月を少し過ぎた、まあるい月が、西の空にまだ残っていました。
夜が明けても沈みきらずに空に残る月を、昔の人は「有明の月」と呼んだそうです。
天文検定で覚えた言葉が、こういう朝にひょっこり出てくると、なんだか得した気分になります。
■黒い富士山は、今だけ
今朝の富士山を見て、いちばん心に残ったのは、その「色」でした。

黒いんです。
てっぺんに雪がひとつもない、真っ黒な富士山。
富士山の初冠雪は、平年だと10月2日ごろだそうです。
もう10月も終わりだというのに、今朝の富士山は、まだ夏の顔のまま。
でも、これからどんどん寒くなれば、ある朝、てっぺんが白くなる。
そうなったら、もう来年の夏まで、この黒い富士山には会えません。
「めったに見られないものを、今、見ている」
そう思ったら、写メを撮る手が止まらなくなりました。
■時間をおいて、何枚も
1枚撮って満足……するはずが、しませんでした。
少し時間をおいてベランダに戻ると、空の色が変わっている。
朝日に照らされて金色だった街が、だんだん白っぽくなって、
空も、やさしいクリーム色から、すっきりした青へ。



同じ場所から、同じ富士山を撮っているのに、1枚ずつ表情がちがう。
気がつけば、富士山と月の写真が、9枚もたまっていました。
■見せたいじいさん vs 照れくさいじいさん
さて、ここからが、今日の本題です。
9枚の写真をながめながら、私の心の中で、いつもの2人がしゃべり始めました。
見せたいじいさん「こんなにきれいなんだから、だれかに見せなきゃもったいないよ」
照れくさいじいさん「朝っぱらから富士山の写真なんて送ったら、なんて思われるかな」
見せたいじいさん「思われたっていいじゃないか。今日しか見られない富士山なんだぞ」
照れくさいじいさん「……それはそうだけど」
見せたいじいさん「それに、あの子なら、きっと喜んでくれる」
……はい、勝負あり。
見せたいじいさんの勝ちです。
こうして送ったのが、このLINEです。
「◯◯ちゃん、🐣おはよう。
見て、見て、
今朝の🗻富士山‼️
🌕月も✨キラ✨キラ輝いてたよ。
こんな黒い富士山は、
今しか見られないんだ。
次に富士山が見えるときには、
きっと🗻綿帽子をかぶってるよ😊」



読み返すと、「見て、見て」がもう、子どもみたいです(笑)
■きれいなものを見ると、だれかの顔が浮かぶ
正直に書きます。
このLINEには、ほんのちょっぴり、淡い気持ちもまざっています。
69歳になっても、そういう気持ちは、ちゃんと残っているものなんですね。
でも、それだけじゃないとも思うんです。
めったに見られないものを見たとき。
きれいだなぁと、心が動いたとき。
人はきっと、「これを、あの人にも見せたい」と思う。
ひとりで見てもきれいなものが、だれかに見せた瞬間、もう一回きれいになる。
私が毎日ブログを書いているのも、たぶん同じ理由です。
■次は、綿帽子の富士山で
次に富士山がくっきり見える朝は、
きっと、てっぺんに白い綿帽子をかぶっていることでしょう。
そのときも、私はきっと、ベランダで「おっ!」と声を出して、
何枚も写メを撮って、
また「見て、見て」とLINEを送るのだと思います。
黒い富士山から、白い富士山へ。
季節のバトンタッチを、今年はちゃんと見届けたいと思います。
それでは、今日も一日、いってきます!
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