69歳の直ちゃんです。
一昨日、行きつけの「懐食みちば」でご飯を食べました。
いつもと同じ店。たぶん、いつもと同じくらいおいしい料理。
なのに、いつも以上にうまかったんです。
なぜだろうと考えて、答えが出ました。
その日の昼間に、何日もかけていた宿題を片づけたからです。
■ 何をやっていたかというと
ここしばらく、「お金と手続きのメモ」というものを作っていました。
自分がどの銀行に口座を持っていて、
毎月何にいくら払っていて、
どこに電話すれば止まるのか。
それを全部、エクセル1枚にまとめる作業です。
これがまあ、終わらない。
契約番号を探し、お客さま番号を探し、IDを写し、電話番号を書き写す。
何日もかかりました。途中で何度も、もうやめようかと思いました。
派手な成果もないし、誰に褒められるわけでもありませんからね。
でも昨日、ようやく最後の空欄が埋まったんです。
■ 二段構えだったんですね
振り返ると、この夏から秋にかけて、私は二つのことを片づけていました。
ひとつは、お金の使い方。
貯金に「岩盤」と「旅行袋」という名前をつけて、
「ここから下は割らない」「ここから上は旅行に使っていい」と決めた話です。
これで「いつまで海外旅行に行けるのか」のモヤモヤが消えました。
もうひとつが、今回のお金の手続き。
自分に何かあったとき、息子が困らないように、在りかと止め方を残す作業です。
使う側と、畳む側。
どちらか片方だけだと、どこか落ち着かないんですよね。
使い方だけ決めても「で、私が倒れたらどうなる?」が残る。
手続きだけ整えても「で、いくらまで使っていいの?」が残る。
両方そろって、ようやく一式でした。
■ そして、みちばへ
そのスッキリした頭で、夜、店に行ったわけです。
自分でも不思議でした。
料理の味が変わったわけじゃない。店も同じ。私の舌も、たぶん同じ。
違ったのは、背中に何も背負っていなかったことだけです。
考えてみたら、この何か月か、店で飲んでいても頭のどこかで
「あの表、まだ空欄があるな」
「ドメインの期限、いつだったかな」
と、ちらちら考えていたんですね。
その、ちらちらが無い。
ここで、いつもの攻防が始まりました。
酒飲みじいさん「つまり、いつもは宿題を抱えたまま飲んでたということか」
反省じいさん「そうだ。しかも何年も」
……これは反省じいさんが正しい。
■ 片づけるのは、遊ぶためだった
やってみて分かったことがあります。
こういう面倒な作業って、「将来のため」「家族のため」と思ってやるでしょう。
もちろんそれもあるんですが、いちばんの効き目は、今の自分に出るんですね。
宿題が残っていると、遊んでいても、どこかで気になっている。
逆に、片づけてしまえば、同じ遊びが素直に楽しい。
片づけるのは、遊ぶためだったんです。
69歳にして、やっと分かりました。
■ おまけ
ちなみに、まだ全部終わったわけではありません。
CD・DVDが500枚ほど積んであります。
壊れたパソコンも置いてあります。
写真の整理も途中です。
……いや、やめておきましょう。
昨日せっかくスッキリしたのに、書いているうちにまた背中が重くなってきました。
とりあえず今日は、片づいたぶんだけ喜んでおきます。
宿題を抱えたまま乾杯している同世代のみなさん。
ひとつでいいので、片づけてから店に行ってみてください。
同じ料理が、ちょっとうまくなりますよ😉
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