こんにちは、69歳の直ちゃんです。
きのうの朝、いつものようにEテレの「ザ・ウェッキーショー」を見ていました。
絵を描いている方が映っていて、そのうしろで流れていたBGM。
ラヴェルの「マ・メール・ロワ」でした。
聴いた瞬間に、分かったんです。
「あっ、コレ、マ・メール・ロワだ」と。
そのときの自分といったら、もう、すごく得意げでした。
誰にも言ってません。心の中だけです。
でも、あの感じ。
テレビにモン・サン・ミッシェルが映ったときに、
「モン・サン・ミッシェル、行ったよ〜」
と、心の中で胸を張るあの感じと、まったく同じなんです。
■ 横浜のホテルのトイレの前で
10年くらい前のことも、よく覚えています。
横浜のインターコンチネンタルホテルに行ったとき、トイレから出てくる友達を待っていました。
ぼんやり立っていたら、館内にとても小さな音でBGMが流れていることに気がついた。
耳をすませて、聴きました。
「この曲、アレだよ…」
曲名も、作曲家の名前も、すぐには出てきません。
しばらくして、やっと出てきました。
バダジェフスカの「乙女の祈り」。
友達がトイレから出てくるまでの、たぶん1分もない時間の話です。
誰にも言っていません。言ってもしょうがないですし。
でも、そのとき、心の中はふわーっと満足していました。
■ 「教養がない」がコンプレックスだった
50歳くらいのころ、私は「自分には教養がない」というのが、ずっとコンプレックスでした。
そんなときに、たまたまEテレでやっていたのが「らららクラシック」という番組。
司会の方の話が面白くて、クラシックをまったく知らない私にも、とても分かりやすかった。
5年間くらい、見ていました。
録画して、少なくても3回。多い回は10回くらい見返していました。
……それでも、知識はほとんど身に付かなかったんじゃないかと思っています。
曲名も、作曲家も、すぐには出てこないんですから。
ここで、いつもの二人が出てきます。
知ったかぶりじいさん「いや、5年も見たんだから、それなりに詳しいだろう」
照れくさいじいさん「やめとけ。人前で聞かれたら一発でバレるぞ」
だいたい、照れくさいじいさんが勝ちます。だから誰にも言わない。
■ ジーニーに聞いてみた
この気持ちはいったい何なんだろうと思って、AIのジーニー(私はClaudeをこう呼んでいます)に聞いてみました。
すると、こんなことを言われました。
「あの満足感の正体は、5年分の答え合わせが、突然、向こうからやってくる瞬間だと思います」
「人の記憶には『思い出す』(名前が言える)と『気づく』(聴いてピンとくる)の二種類があって、直ちゃんはちゃんと身に付いているんですよ。ただ、身に付き方が名札じゃなくて耳のほうだった、というだけです」
「街でふと流れた曲に反応できる耳は、曲名を暗記した人より、ずっと音楽と仲がいい」
そして、最後にこう言われました。
「50歳のときに感じていたコンプレックスに、20年かけて自分で静かに返事をしている——そんなふうに見えます」
■ 吊り革につかまりながら
これを読んだのが、通勤の電車の中でした。
満員電車で、吊り革につかまって、片手でスマホ。
……涙が出てきました。
まいったなぁと思いました。まわりの人には、ただの朝から泣いてるじいさんです。
でも、止まらないんです。
私は「知識が身に付かなかった」とばかり思っていた5年間を、
「答え合わせの準備をしていた5年間」だと言ってもらった。
そんなふうに、考えたことがありませんでした。
■ 今も、宝物をもらっている
らららクラシックを見ていたときも、楽しかった。
そして今も、街を歩きながら、たまに宝物をもらっている。
そう思ったら、あの5年間が、急に、ぜんぜん違うものに見えてきました。
BGMというのは、誰かが私のために流してくれているわけじゃありません。
なのに、たまに、私の耳だけがそれを拾う。
5年間ぶんの、私専用の受信機みたいなものです。
曲名は出てきません。作曲家も出てきません。
それでも「あっ、コレ、アレだよ…」と思えたら、それでいいことにします。
69歳。今日も、どこかで宝物を拾えたらいいなと思いながら、家を出ます。
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