夜の八柱霊園ジョギング

スポーツと健康
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昨日、「夕焼けショー」のブログを書きましたが、その後、いつもの「クリスタル〜八柱霊園」のジョギングに行きました。その時のお話しです。

GPSウォッチを買ってから、いろいろなデータが見られるので、ついつい走りたくなっちゃうんです。

今回も、クリスタルに荷物を置いて、フロントに、「1時間半くらい走ってきます。」と言ってロッカーのカギを預け、外に出て、ゆっくりと走り始めました。

そうしたら、なんかヒザが少し痛いんです。
いつも走り始めに、違和感はありますが、昨日は、両ひざが痛みましたので、大丈夫かなぁ…と思いながら、しばらく歩いてから、ゆっくりと走り始めました。

500mくらい走ると、違和感が無くなりましたので、いつものペースで走りました。

楽しみとして続けているジョギングですが、そんな痛みを感じたせいで、
「いつかは、走れなくなるときが来るんだろうなぁ…
それは、明日かもしれないし、1年後かもしれないし、10年後かもしれないなぁ…
まあ、死ぬときと同じで、誰にもわからないことだから、今、走れる時に走っておこう。」とポジティブに考えるように自分に言い聞かせました。

18:07に八柱霊園に着く頃には、台風の雲の影響もあってか、もう、真っ暗でした。
正門のまわりに霊園の人がいないのを確認して、トビラを静かに開けて、左回りに走り始めました。

霊園は、正門のあたりだけは、街灯がついてますが、その他のエリアには基本街灯はありません。また、左周りの道は、道路のわきに生えている大きな木々が空を覆ってて、真っ暗でした。明るい正門から、木々のトンネルの真っ暗な道に入り、走り始めから、こんなに暗い霊園の道をいくのは初めてでしたので、ちょっと怖かったです。
正門から、左周りに300mくらい走ると、木々の暗いトンネルから抜け出て、開けた空の下を走る道になりますんで、ずいぶんと明るく感じて走れました。

走りながら、「今まで68年間生きてきて、よく走ってきたなぁ…」なんてことを、1つづつ思い返してました。

17歳の高校生の時は、バレーボール部だったけど、万年補欠で、つまらなかったから、授業が終わると、近くの伊坂ダムの周りをよく1人で走ってたなぁ…
おかげで、校内マラソン大会で、陸上部を押さえて1位になったなぁ…

陸上自衛隊に入って、20~30歳くらいまでは、他にとりえが無かったから、よく走ってだなぁ…
それから、ほとんど走ってなかったけど、55歳の定年までの数年間は、やっぱり、よく走ってたよなぁ…

62歳のときに、東京マラソン2020にチャリティで10万円余分に払って申し込んでから、また、走り始めて、山中湖1周、石垣島フル、諏訪湖ハーフ、そして、昨年、やっと、2024東京マラソンを走って…

よくよく考えると、今までの人生のなかで、
運動系だけでも、水泳、テニス、ゴルフ、乗馬、ダイビングなど、どれも時間をかけてやってきましたが、その中でも、1番、時間を費やしたのは、「走ること」だったなぁ・・・なんて、

走りながら、自分の人生を振り返ってた「夜の八柱霊園ジョギング」でした。

みなさんも、ご自身の趣味の歴史を振り返って見て下さい。おもしろい発見や、気づきが、きっとありますよ。 またね〜(*^ω^*)

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コメント

  1. セッシャ村カモン より:

    凄いですね。走った距離がお金に変われば大金持ちになりましたね。
    私の歴史は、「我慢の歴史」です。
    小さなころは親に対する我慢、学生の頃は先生に対する我慢、社会人になってからは上司に対する我慢、今は自由になりましたので貧乏に対する我慢のみとなりました。

    • セッシャ村カモンさん、ありがとうございます。おっしゃるとおり! ただ、「健康」という、お金同様に大切なもに、少しは変はわっていると思っていますので、それはそれでいいのかなとも思っています。あと、私も、貧乏ですので、生活のいろいろな事に我慢していますよ。